金型業界の常識は信用できなかったこと、及び誘導電動機回転子の作り方
M6 筒井 正文
不思議なことに学校を卒業してから、金型に関係する仕事をずっと続けることになりました。最初に就職した会社では、会社に顔を出す前に自動機の設計部門から金型設計に移動となっていました。その後地元に戻ってからも「金型の経験があります」と言った記憶もないのに、配属先では金型に関する仕事をすることになってました。 現在は独立して細々と金型設計業で生活をしています。
いまから10数年前の話です。バブルと呼ばれた数年が過ぎた頃、大口の取引先から不良が多くて困っているという相談がありました。バブルの時は、不良対策などしている暇もなかったのでしょう。
状況を確認すると、誘導電動機の回転子を、横型のダイキャストマシンを使って工作機械用の電動機に仕上げるのですが、充填不良と巣で驚くほどの不良率でした。自動化は進んでいてほとんどロボットが作業するのですが、その後で人間が良否を判定するのです。私はこの時点では、回転子の仕事にはまだ経験が無く、まったくその分野での常識を持ち合わせていませんでした。
回転子(ローター)という言葉に親しくない読者の為に以下に解説を挿みます。
誘導電動機の回転子は、0.5ミリ前後の珪素鋼鈑(円板)を100枚とか200枚を重ねて、イメージとしては蓮根のような形にし中央に軸がはまる穴その周りにアルミが流し込まれる細穴があいています。これを仮軸にセットして鋳造と切削加工に回り最後に正規の軸を圧入して完成します。正確にはもっと細かな工程がありますが読者の為に省略する。この時のダイキャスト鋳造法は、縦型と横型の二つがあります。それぞれ金型が縦に開く、また横に開きます。この二つの違いは、作ろうとするものの特徴とか生産性、及び地球の引力に関係します。射出成形機でも、レンズのように密度の均一さを求められる場合は縦型の成形機が使われるようですが、回転子も縦型鋳造機を使ったほうが溶けたアルミ(溶湯)が空気と混じらずに下から上に流れるため品質は良いようですが大型の回転子製造にしか使われていないようです。理由は生産性の低さにあります。重い金型(と機械)を引力に逆らって持ち上げないと金型を開くことができないためこれに時間が掛かり生産性が低いと評価されてしまっています。一方射出成形でも使われているのは横型が圧倒的に多いのですが、ダイキャストでも横型が圧倒的です。理由は生産性です。縦横の生産性の比は、数倍から10倍はあるのではないでしょうか。
もう1度不良品を抱えた現場に戻りましょう。重ねた珪素鋼鈑は蓮根の形にされて寝かした状態(水平)で金型の中にセットされ、型を閉めるとすぐアルミが圧送されます。後で調べて見ると、この鋳造方法は、横型では一般的で数十年前から全国(世界的にも)に普及しているものでした。さらに聞いて見ると、別の金型方案など考えられないし、根本的な見なおしより小手先の改善で不良率は下げられると考えているようです。実際には、テスト時には好結果が出ても継続的にそれを維持できてはいないようです。思い付きとしか見えない改善を繰り返しているように見えました。会社にもどってから、これは根本的なところに手をつけないとだめだと判断しました。
その後情報を集めて分析した結果、生産性の良い横型鋳造機を使いかつ品質の良い縦型のレイアウトを採用すべきという結論を出しました。「でもどうやって実現するの?」しばらく悩みました。
いままで回転子を製造していた部門に相談しても他の方法は聞いたことがない。常識的には今の方法を採用するとのこと。まったく意見が噛み合いません。そうこうするうちに、その顧客に自分のアイデアを説明したところ研究費の確保が出来、早速金型の構想に着手し試作型を製作しました。(注1)
ダイキャスト業界では、試作だけの型を作るということはまれです。難しい金型でも量産型を平気で作ってしまいます、その後苦労する訳ですがね。考えた末の金型の構造は、円柱を半分の形状を金型に彫り込み、これを合わせてレンコンを金型に垂直に固定する構造と排気するための部品を組み込みました。その後真空排気とエンドリングの全域加圧を採用して数年で量産になっています。工作機械の主軸の回転数向上に多少は貢献したようです。実は工作機械の主軸回転数が上がって金型加工の品質が向上してきたというメリットが自分に戻ってきているのです。
この試作の結果は、この分野の常識を持つ人には驚くほどのものだったようです。巣が少ない。回転バランスが10倍程度向上してバランスを取る工程の作業時間が短くなる、アルミの痩せがない為発熱が少なくモーターにした後バランスが狂わない等の優位性がありました。この結果試作型は、よくあることですが量産に使われることになりました。さらに関心の有る読者に。鋳造機はUBEのHVSC350とHVSC630を使用、真空排気及び油圧シリンダ1本でエンドリング部全体を加圧しました。個人的には残念ながら、この案件は私が知らない間に顧客から特許申請されていました。
最後に無理やりのまとめ。
(1) 業界の常識は信用できない
(2) ニュートンは偉大だ
注1:より詳しく知りたい方の為に、次の特許番号を特許庁のサイトで見ていただくと参考になります。
W097/48171 平6-245448 平8-317615